県 京都
朱印シュイン番号バンゴウ C27
寺 社 名 車折神社
ベツショウ etc  
トコロ ザイ 京都市右京区嵯峨朝日町23
      
サン オガ H28.01.23
      
オモな札所  
   
   
主 祭 神 清原頼業
特記トッキ事項ジコウ
京福嵐山線の車折神社駅から南へすぐの所(裏参道)
にあります。ご祭神は、平安時代後期の儒学者で、
天武天皇の皇子である舎人親王の子孫にあたる清原
頼業です。頼業は平安時代末期の1189年に亡くなり
清原家の領地であった現在の社地に葬られ、廟が設
けられました。やがて頼業の法名「宝寿院殿」に因
み、「宝寿院」という寺となりました。室町時代に
足利尊氏によって嵐山に天龍寺が創建されると、こ
の寺は、天龍寺の末寺となりました。又、頼業は生
前、殊に桜を愛でたのでその廟には多くの桜が植え
られ、建立当初より「桜の宮」と呼ばれていました
が、後嵯峨天皇が嵐山の大堰川に御遊幸の際、この
社前において牛車の轅(ながえ)が折れたので、
「車折大明神」の御神号を賜り、正一位が贈られま
した。それ以後、当社を「車折神社」と称するよう
になりました。又、境内にある芸能神社は全国でも
珍しく、芸能の神が祀られています。各界の多くの
芸能人が訪れ、入口にはその名が記された玉垣が約
2000枚程ずらりと並んでいます。知った人を探すの
も面白いものです。
  
 

 

       

   

 

大 鳥 居     社号柱(旧第2鳥居跡)

表 参 道    第3鳥居

駐車場近くの鳥居     芸能神社

手 水 舎     四の鳥居と中門

本   堂     祈念神石
 

   弁天神社の献水     社 務 所

 

神明神社   天満天神社

清めの社     弁天神社
 

 葵 忠 社     大国主神社
 

清少納言社     地主神社

辰巳稲荷社  富岡鉄斎の筆塚   



鉄斎が使用した筆、2000本が納められています
石には鉄斎直筆で下記の歌が書かれていました
『ことの葉を千とせの後に伝えゆく筆のいさをはつきじとも思う』

 

北側鳥居(裏参道へ)    裏参道鳥居